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「本名の『あきこ』を逆さまからから読んでコキア(KOKIA)。小さい頃によく名前を逆さまから読んで、遊んだりしませんでしたか?芸名を考えるときに全く本名とは別の名前をつける人もいるけれど、私の場合は日常の中で自分が感じたことを音に表現するという事もあって、ふだんの自分と非常に密接なんですよね。だから、本名の形をどこかにこうした形で残した芸名にしたかったんです」
デビューのきっかけは
「デモテープを知人がレコード会社に持っていってくれたことがきっかけでデビューが決まりました。
高校、大学は音楽学校でクラシックの声楽、つまりオペラを学んでいました。大学在学中にデビューしたのですが、今の仕事がしたいと思った理由の大きなひとつに『私でなければならない、私にしかできないこと!』という思いでした。私は作詞、作曲をするので音楽学校で学んでいたときにふと思ったんです。有名な作曲家の有名な曲をみんなと同じように歌うということ、それよりも、もっともっと私にしか歌えない、私でなければならない歌を歌いたい!と。そう思ったとき、それまで以上に自分で曲を作る事、自分の言葉で歌う事の楽しさと伝えるという大事さを知りました」
いつくらいから音楽に触れていたんですか
「2歳半からバイオリンを習っていたんですけど、『練習をしなさい!』って言われるバイオリンよりも、家にあったピアノに興味を持ち出して、知らず知らずのうちに弾いていました。映画とか、目から入ってくるものからのインスピレーションにすごくインスパイアされて曲を作るんですけど、小さい頃も、まだ字が読めない頃に絵本を持ってきて、ピアノの譜面台に立てて、「この絵から鳴ってくる音楽だよ」と曲を作ってたらしいんです。今でも絵はがきとか写真、絵画をみて、いいなぁと自分の心に引っかかるようなものをピアノの前において、曲を書くことがすごく多いですね。
絶対に映像と音ってリンクしていると思うんですよ。絵を見たら良い絵というのはそこに音があったり、映画の1シーンを思い浮かべるとあの音楽が聞こえてきたり。私が曲を作る作業を「スゴイねぇ」って言う人がいるんだけど、そういう人にわかりやすいかな?って思った説明を思いついたんです。それは、私は音楽で通訳をしているんです。たとえば日本語で「このお茶おいしいですね」ということを、ポルトガル語で言える人もいれば、イタリア語で言える人もいる、言えない人もいる。でも、同じ感情を共有しているわけですよね。それを私は音楽という言葉で表現できる人だと思っているんです。
影響力を持つ仕事をしているわけじゃないですか。その影響力が知名度とともにどんどん広がっていったときに、影響力を持っている仕事をしている世界中の有名なミュージシャンもチャリティーコンサートとか、人のために才能を生かしているじゃないですか。そういうアーティストになることが昔からの夢だったんです。自分がいくら苦しくてもそれをそのままぶつけるただの表現者ではいたくないんですね。ただ表現しているということではなくて、それを聴いて、感じて、受け止めて。人に影響を持っているということを常に考えながら曲を発表していきたいです」
今回のチャリティーコンサートの依頼があったときの率直な感想は
「はばたき福祉事業団のことは存じてなかったので、パンフレットを読ませていただくまではいったいどんなイベントなんだろうと思っていましたが、すごく簡単な感情としては「嬉しいなぁ」というのがありましたね」
今回自分が一番伝えたい思いがこもった曲は何ですか
「『Remember the kiss』という曲です。この曲はじつは「9.11」のテロがあった日、ブラウン管の向こうで起こっている悲惨な光景に言葉を失い、いたたまれない気持ちになってピアノに向かって書いた曲なんです。もちろん、テロに対しての曲ではないので、この曲を作った背景についてはあまり多くを話したことはありませんでした。 ただ、たくさんの人を幸せに包んでくれる歌がほしい。そう願って生まれた曲です。私は音楽には人の心に問いかけてくれる素敵な力があると信じて、日々歌っています。時に怒っている人の心をなだめ、悲しんでいる人の心を癒し、喜んでいる人の心には感謝と共有をもたらしてくれるような・・・。だからこの『Remember the kiss』という曲をみんなに一緒に歌ってほしい。そう思うんです。歌詞の中に「この唇は愛を歌うために」というのが何回も出てくるんですけど、生きていれば言葉にできないような苦しいこととか、いろいろなことがあるけれど、それでも希望を持って、ただずっと泣きながらだったり、人を罵りながら生きていくような人生はないよなぁと思います」
小学生のとき、アメリカのスクールに参加したときに影響を受けたことは
「当時、小学5年生だった私はバイオリンを持って音楽の勉強をするためにアメリカのサマーキャンプに参加しました。もちろん最初は英語がしゃべれず、友達とのコミュニケーションを取ることができずに、寮のベッドで泣く日々を送っていたのですが、ある日友達が私のバイオリンを持ってきて・・・。『弾いてごらん』といって私に差し出したんです。わけがわからないまま、言われるままに私がバイオリンを弾き出すと彼女はフルートを弾きだし、周りの友達はピアノを弾いたり・・・という出来事がありました。私にバイオリンを持ってきた彼女は、『あなたの言葉は音楽でしょ? 英語がしゃべれなくてもこんなに通じ合えるよ』って教えてくれたんだなぁと今でも本当に感謝しています。
もうひとつ面白いと思ったのは、その出来事を境に英語がしゃべれるようになったんです。簡単なもので、心を閉ざしているとできることもできないし、見えるものも見えないけれども、私の場合は音楽がきっかけで、友達が優しくしてくれたことで英語がしゃべれるようになって。それまでのことはケロッと忘れて、帰る頃には日本に帰りたくないと言って」
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