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| はばたき福祉事業団・大平理事長とは薬害エイズ訴訟の取材を介してから長年の付き合い |
おっとりした独特な語りで数々の衝撃的ニュースを伝えてきた。
その柔らかな物腰からは想像もできないほど鋭い視点で、腐敗した事実を暴く。
時系列に沿って事件、関わった人名など克明に語る。
その取材力、記憶力には驚愕させられる。
13年ほど前から薬害エイズ事件を取材し始めた当時から、この人の姿勢は少しもぶれるところがない。
「遡ること、アメリカで1981年6月に発見された奇妙な病気から端を発します。症状が報告された患者はホモセクシャル、血友病患者、麻薬常習者。皆に共通するのは血液。これが血液によって媒介される病気で、血液製剤にウイルスが混入したと疑われたのはこれがきっかけでした」
「日本はバンパイアと呼ばれるくらい、世界の中でも血液製剤消費率が高い国。アメリカでは83年3月に加熱濃縮製剤が承認され、ウイルスが不活化された加熱処理製剤が使われ始めました。日本にも、その情報が伝えられ“非加熱濃縮製剤の使用についての疑問”が論じられました。それが厚生省レベルで形になったのが83年6月に設置されたエイズ研究班でした。そのトップが安部英(あべたけし)氏だったのです。しかし、日本では結局アメリカに2年4ヶ月も遅れて、85年7月にようやく加熱製剤が承認されました。その間、血友病患者は『出血予防のために非加熱濃縮製剤を使いなさい』と指導され、なかには宅急便で非加熱濃縮製剤を送る医者もいました。結果として、約2000人のHIV感染者が生まれたわけです。そのうち560人もの方々が既に死亡されています。」
非加熱製剤は83年から85年当時、日本で値引きされて大量に売られ、値引き幅は50%から60%にも及んだ。
一本投与する毎に、病院側には2万2500円から2万7000円の薬価差が利益となって入ってくる計算だ。
反対にクリオ製剤は国産で値引きがなかったために、病院側にとっての経済的メリットはほとんどなかった。
(薬害エイズ「無罪判決」、どうしてですか?―中央公論新社刊P45より抜粋)
「非加熱濃縮製剤は保険(公費負担制度が多くの都府県で実施されていたこと)もきいたから、患者の経済的負担はなく、同時に病院側には経営上のメリットがありました。エイズ研究班を設置するほどの危機感をもっていた国は、それが危険であることを知っていたはずです。なのに使われ続けたのです」。それが、薬害エイズ事件をひき起した大きな要因である。
この大型薬害事件に対し、誰もが取り上げるのを躊躇した時代。
血友病の権威、医師・安部英(あべたけし)氏を信じて従った患者がどのくらいいたのだろう。
「氏が非加熱濃縮製剤を主軸とした治療を続けたことは、血液製剤市場で最大のシェアを持っていたミドリ十字社を利するものではあっても、患者の生命を最優先する真摯な医療ではなかった、と思います。安部医師はエイズ研究班の班長となり、後に『治験を調整した』と述べています。それは、加熱製剤の開発で先行していたメーカーと遅れていたメーカーの足並みを揃えることを意味します。開発の遅れていたメーカーに時期を合わせることによって、皮肉にも厚生行政と医師の手によって薬害エイズの被害は拡大されていったのです」
バブル景気に踊っていた日本で、そのテーマはひときわ地味だった。
一筋縄ではいかないその情報を櫻井さんは自らの手で掬い、当時キャスターを務めていた「きょうの出来事」で何度も特集を組むことに。
1980年から16年もの間番組に出演し、どんなテーマであってもその姿勢は変わらなかった。
「番組終了の最後35秒で毎日コメントをいう機会を与えられる。そこでかなり辛らつなことも言わせてもらいました。35秒あれば、伝えたいことは結構盛り込めます。でも、薬害エイズ訴訟では、まだ隠されている国や医師の責任があると思うんです」
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