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---池辺先生に今回のコンサートのご相談をしたとき、「歌が心に染み入るでしょう」ということで、安田さんにお声をかけていただきました。お引き受けいただいてたいへん心強く感じています。
20年前に文化会館小ホールでの池辺さんの会に出演させていただき、今回池辺さんから「そのときの歌を歌ってくれませんか」と。
「六つの子守唄」が大好きで、別役実さんの詞と彼の曲がとても好きで、自分のコンサートでも何回か歌っているんです。
ギターの伴奏でということだったので、それだったらまた歌ってみたいなと。
懐かしいという思いと、20年経って作曲者ご本人から歌ってほしいということがとても嬉しかったし、こういうチャンスを与えてくれたことにとても感謝しています。
長いこと歌を歌ってきて、歌で何かお返しができる、それは幸せなことと思っています。
お役に立てることが自分にあるということが嬉しいことで、こういう機会があればできるだけ出かけていきたいと。
■1986年に妹の由紀さおりさんといっしょに始めた童謡コンサートが、20周年記念の昨年、公演回数2000回を迎えました。
---童謡コンサートが2000回目を迎えて。
すごいでしょ。
初めの頃は芸大の先生をしながら、自分たちのレコードが1枚できて、なんとか聴いていただきたいと、手作りコンサートということでスタートしたので、年間10回もあったかどうか。
その後口コミで広がり、年間157ステージを最高に、だいたい130ステージくらいを何年も続けました。
自分たちは1日1日クリアしていくということだったんですけど、あるとき気づいたら2000回だったんですね。
昨年は童謡コンサート2000回記念公演だけでなく、20年目の童謡コンサートやディナーショー、中学校を訪問する手づくり学校コンサートもあって、12月は特に日替わりで違うプログラムが続き、めちゃくちゃでした。
特に、2000回記念コンサートのプログラムは101曲なんですけど、本番前にオーケストラとのリハーサルが必ずあって、そこで50曲、あわせて150曲くらい1日に歌っているわけですよね。
体力的には不安はありましたけど、それがクリアできて、「20年やってきたこと、というのはやっぱりすごいことなんだよね」と初めて自分たちも実感しました。
---体力、気力を支えている一番のものは?
やっぱり歌でしょうね。
歌うことが好きに尽きるんじゃないでしょうか。
それと素晴らしいスタッフに恵まれていること、そしてお客さんが来てくださること。
ここ1,2年くらいはどこの会場に行っても満員とか、9割くらいは来てくださるんです。
人口3万人くらいの町で1000人くらい入る大きなホールがあるんですけど、そこが満員になって。
「ここのホールが久しぶりに満員になりました」なんて話を聞くと、疲れなんて吹っ飛んじゃいますからね。
■歌が好きだった安田さんは、小学生のときにある合唱団と出会い、歌手として歩み始めることになりました。
---歌い手となるきっかけは?
疎開先の幼稚園にいたときに先生が「いい声なので音楽を習わせたらいいかもしれませんよ」と母に言ってくださったのね。
歌は好きだったんだけど、「今日は祥子さんが独唱しますから、お母さん見に来てください」なんて言われると、お尻を向けちゃって歌わない子だったらしいんだけど。
横浜に引っ越したときに、ひばり児童合唱団が小学校の講堂で秋の公演のお稽古をしてたんですね。
晩ご飯になっても帰ってこないので両親が迎えにきたら、それを食い入るように見ていて。それで、この子は歌がすきなのかもしれないということで入れてくれたのが最初だったんです。
歌うことは好きでしたけど、自分が歌い手になるなんて、全然思わなかったですね。
最初は合唱団の皆と動物園やデパートの屋上で歌っていたんですけど、ソロをさせてもらうようになり、コロムビアレコードの専属になりました。
私の声質や性格から、クラシックが向いているんじゃないかということで。
「お姉ちゃんはこういうほうがいいんじゃない?」といつも母がちゃんと線路を引いてくれたことがとても幸せでした。
そこに向かっていけば何か見えてくるということが私にはありましたから。
そういうレールを引いてくれた母にはすごく感謝しています。
■小学生の頃から歌い続けてきた安田さんにとって、歌とはどういうものなのでしょうか?
---歌うことによって、一瞬のうちに大勢の人に感動を与えることができる、歌にはそんな素晴らしさがありますね。
すごいことをしていると実感できたのはずいぶん経ってからです。
歌がもっている力がありますから、「その歌を伝えたい」、「こんな歌がお家にあふれているといいよ」という思いで歌っているんですけど、それがどう伝わっているのかという実感はないじゃないですか。
それでコンサート終演後の握手会がそれを実感する材料になっているんです。
握手をするときにお客さんが感想や思いを述べてくださるんですよね。
癒されたとか、元気が出たとか、これはお母さんがよく歌っていた歌で、あの歌がこういう歌なんだというのは今日始めてわかりましたとか、いろいろなことを言って帰られるんです。
赤とんぼ一つにしてもこんなに違った思いがあるんだと、歌ってこんなにすごいんだとそこで教えていただきました。
私たちが歌ってきた歌は、日本の季節感を歌っていたり、人の思いやりや優しさを歌っていたり、動物や自然へのいとおしさを歌っていたり。
それが本当に伝わっていることが実感できたら、お客さんが増えてきましたし、だんだん辞められなくなって、20年間歌い続けてきました。
私にとって、歌は生活の一部だし、今は人生の一部ですね、ここまでくると。
---歌を歌いたいと思っている人にひと言お願いします。
最近、交換留学等で海外に行く人に話をするんです。
日本人として、日本の歌を一つ歌えれば、パーティーで華になれたり、そこから話題が広がることがあるんだから、何か一つ日本の歌を持っていくといいよ、と。
私がこのごろよく言うのは、子どもが家に帰ったときにお母さんが台所で鼻歌を歌っていると、「お母さん、今日は機嫌がいいんだな」と子どもが感じることが大事なこと。
そして、その子が母親になった時に「お母さん、こういう歌を歌っていたなあ」という形で残っていくことが一番自然だと思います。
難しい理屈をこねるのではなく、まずはたくさん歌ってみて、気づいたら「いい歌だったなぁ」でいいと思います。
その中で、歌の中にある優しさや人への思いやり、季節の移り変わり、日本らしい細やかさが、その人の日本人らしさにつながってくれればいいなと思いますね。
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